穣二は忘れ物をした子供のような顔で言った。

「犯人、わかっちゃった」

本間警部ががはははは、と笑った。しかし彼は動じなかった。
視線の先にいる来栖が、さあ、話してみろ、というふうに微
笑んだような気がしたのだ。

「犯人は、軽部豊彦さんです」

本間警部は話しにならん、という顔をしてヤメロヤメロと野
次を飛ばした。

「無理だろ、それは」

来栖の言葉に穣二は力を得た。

「いや、できるんですよ。来栖さん。カーテンはやっぱり犯
人が開けたんですよ」

「っても軽部は車にいたんだから殺してカーテン開けるなん
て無理だぞ」

「できるんですよ。じゃあ、みなさんにお聞きしますが、今
朝、山科琴美さんの姿を見た方はいらっしゃいますか?」

使用人たちは黙って思案していたが、春日ミサコに続いて口々
に、見ていない、と言った。

「でしょ、つまり、琴美さんは」

「まだ、寝てた」

「違いますよ!あの時部屋にいなかったんですよ。みなさんが
見たのは開いたカーテンです。夜中からずっと見ていない人間
の部屋のカーテンが開いたら、そこにその人がいると思い込む。
心理的なトリックです。きっと犯人はカーテンフックに何か細
工をして」

「ああ。穣二、そういや、フックに糸が結んであったよ。すっ
ごく短かったけどな」

「それだ!あの部屋には窓のすぐ脇に扉がありましたね。カー
テンのフックに糸を結びつけ、扉の取っ手に糸を通し、おもり
をぶら下げるんです。おもりを調節しておけば、適当な時間に
糸が切れて、自動的にカーテンは開く。それを遺体発見前に回
収したけれど、こま結びをほどいている時間がなくて、フック
に残骸が残ってたんだ」

「じゃあ、お前はそれを軽部がやったっていうのか?」

「そうです。あの奇妙な遺体も頭がおかしいからじゃない。カ
ムフラージュだったんだ。軽部さんは」

穣二は指先が震えるのを感じた。恐怖が吐き気のように襲って
きて顔を上げられなくなった。頭に浮かんだ事実に眩暈がした。

「軽部さんは、僕らを運んでいる時に、トランクにいた琴美さ
んを殺したんだ」

蝉が遠くで鳴いている声がした。それ以外空気が止まってしま
っていた。穣二はもう話すのをやめたかった。

「そういや、軽部は一度地図を見るとか言って車を降りたな。
電話をかけたすぐ後だ」

来栖が言った。そのおかげで、穣二は続きを言う事ができた。

「その時に、殺したんです。トランクに人をまっすぐ入れるの
は無理だ。おそらく彼は琴美さんの部屋のカーペットに睡眠薬
で眠らせた彼女をくるんであの、膝を曲げたポーズで入れたん
だ。そして殺した後あの奇妙な文句を書き付ける。
家に着いたら彼女を、カーペットにくるんだまま部屋まで運び
カーテンから糸を回収すれば」

「殺人現場のできあがりってわけか。でも証拠はどこにある?」

「きっと、車のトランクに」

「よし、行くぞ軽部」

軽部は真っ白い顔で黙ったまま来栖にひっぱられて駐車場へ向か
った。本間警部は「みなさんはここに」と警官に使用人達をまか
せてついていった。穣二は一番後を力なく歩いた。嫌な気分だっ
た。

「よおし、軽部車の鍵をだせ」

ガレージにつくと本間警部が突然しきりはじめた。軽部は車の鍵
を渡した。来栖は軽部の肘をつかみ、車を見ている。
本間警部は車のトランクを開け、顔をしかめた。

「ううん、こりゃ鑑識にまわさんとわからんなあ、血がほとんど」

「私が殺したんですよ」

軽部が言った。

「私が殺したんです。あの、恥さらしの女をね」

穣二が驚いて顔を上げると軽部はガレージの奥にかけこみ、猟銃を
持って笑った。優美な銃で、持ち手に椿の装飾が絡み付いている。

「あの女、山科の恥さらしめ。消えて本当に良かった!ずっと、ず
っと私はあの女が憎かった!憎くてたまらなかったんだ!」

ところが、来栖は冷えた目で言った。

「違うね。あんたは憎くて殺したんじゃない。だって、あんたは知
ってたろ?琴美の噂がうそだって知ってたろ?だって、琴美に脅迫
状を書いてたのは、あんたなんだから」

「そうだ!私が書いたんだ!あの女が憎くて書いたんだ!あの女の
幸せはめちゃめちゃにしてやりたかったんだ!」

来栖は膝をたたいてこらえられない、という調子で笑った。

「違う違う!あんたは」

「来栖さん!やめてください」

穣二は叫んだ。

「あんたは琴美が欲しかったんだ!!」

「来栖さん!」

「あんたは、可愛い可愛い琴美ちゃんを誰にも渡したくなかった!
あんたが欲しかったんだ!お前が琴美を抱きたかったんだ!」

軽部は猟銃を持ち上げた。その顔には赤黒い皺が刻まれ、唇は歪ん
でいた。銃を握り締めた手には青い血管が浮かんでいる。

「だめだ!」

軽部は銃を自分の頭に向けた。

パーーン、とクラッカーのような銃声がガレージに響いた。

ガレージの床には二人の人間が倒れていた。軽部と、彼の銃を持った
左手を押さえつけて覆い被さった穣二だった。
本間警部は慌てて軽部の手に手錠をはめた。

「話は、署で聞かせてもらおうか」

本間警部は軽部を立たせ、ガレージから連れ出した。何人かの警官
が驚いた顔で集まってきた。

穣二は呆然と、地面に座り込んでいた。

「おい、出五負」

本間警部が振り返った。

「お手柄だぞ」

不服そうにつぶやくと外へと消えた。



警察で事情聴取を終えた来栖は青空の下を歩いていた。

「来栖さん!」

穣二が息をきらせて走ってきた。

「送りますよ、パトカーで。僕もどうせ東京に帰りますから」

「嫌だよ、パトカーなんて」

「じゃあ、電車、電車で帰りましょう」

二人はT駅で切符を買い、長い道中ほとんど口をきかずに過ごした。

「東京」というアナウンスが聞え、来栖は立ち上がった。穣二は思
い切ったように言った。

「来栖さん、俺に手柄くれたんでしょ」

「何いってんの、そんなわけないじゃん」

「ありがとうございます」

来栖はしばらくだまっていて、にやっと笑った。

「ほんとは、犯人が死んだ方が、良いネタになったんだけどね」

「え?」

二人は電車を降りた。雑踏に押し流されそうになる。

「じゃ、俺こっちだから」

白い背中が少しずつ遠ざかっていく。穣二はそれを見ながら、初めに
通された中国的な客間の壁に猟銃が飾ってあったことを思い出した。
それは軽部がガレージで手にしていた銃と同じであったように思えた。

「来栖さん!」

道路の向こう側で来栖は振り返って笑った。

「穣二、また会おうぜ。そしたらさ…」

大きなトラックが横切って、男の姿をかきけした。
トラックが去り、信号が青に変わった。穣二は駆けていったが、もう
来栖の姿はどこにも見えなかった。けたたましい、騒音の中で彼は聞
えた気がした言葉を反芻した。

「そしたらさ、また、お前が止めてくれよ」








室内庭園のウツギさんから略奪したキリリクです。
素敵なミステリーありがとうございました。  鬼堂院 恢

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