和室で軽部をはじめとした使用人たちは髭を生やした
中年の刑事に質問をうけていた。

「本間警部!」

穣二はおどろいて声をあげた。

「おお?なあんだ、てめえ、出五負じゃねえか。ついに
警視庁おっぽりだされたか?」

「いえ、その」

「なんだよ、はっきりしねえやつだなあ、さえない顔も
相変わらずだし」

「偶然居合わせたんですよ、本間警部」

来栖が口をはさんだ。

「ああ?なんだ?この色の白い兄ちゃんは」

「自分の連れです」

「おまえ、変なのとつるむなって言ってんだろうが。った
く、出五負、お前勝手に事情聴取したろう」

「あ、ええ、まあ」

「バカやろう!勝手にそういうことするんじゃねえよ。
こっちは『さっきも話しました』って言われてやりにくく
て仕方がないんだよ。っとに能がないなあ、お前は!俺が
今の係りにしてやらなかったら、とっくに死んでるぞ。感
謝しろよ、感謝」

「はい!自分は本間警部には本当に感謝しております」

本間は猿のような顔いっぱいで笑って穣二の背中を叩いた。

「そうだろう、そうだろう!お前には苦労させられたよ。
背負い投げもまともにできねえで、よく警察になる気になっ
たもんだよ。ま、人間いっこくらい役に立つ事もあるもんだ
が、そのぼーーっとした性格は電話番にもってこいだよ」

「はい」

「ま、お前はなんも考えずに、定年まで居座ることだけ考え
てりゃいいんだよ。税金泥棒だけどな。あ!警察が泥棒じゃ
まずいなあ、あっはっは」

穣二はいっしょにわらおうとしたが、うまくできないので、
うつむいて「あはははは」と声だけだした。

来栖はだるそうに障子にもたれかかった。

「本間警部、一方的な感動の再会はそろそろいいですかね?」

「なんだあ?」

本間警部はジロリと来栖を見た。来栖はあくびをしている。穣
二ははらはらと二人を眺めたが、さりげなく本間警部のもとか
ら抜け出すのを忘れなかった。

「俺、犯人わかったんですけど」

全員が息を飲んだ。

「あれ?なになに?皆もしかしてわかってないの?」

「来栖さん、本当ですか?」

穣二は感嘆の声を上げる。

「わかるわかる。もう、簡単。じゃ、事件を整理してみよっか?
死んだのはここの娘。山科琴美。彼女は誹謗中傷の手紙によって
婚期が遅れていた。ま、婚期が遅れたのが手紙のせいだとは限ら
ないけど」

軽部はむっとした顔をした。

「彼女は今日11時半に遺体として発見される。死亡推定時刻は
9時から11時。遺体の周りには奇妙な文言。それは手紙に書か
れていた文句と同じだ。つまり犯人はね」

来栖はポケットに手を入れ、穣二に向かって言った。

「キチヤ」

穣二は意外でもない答えにがっかりした。

「なんだ、実は俺もそう思ってたんだ。ありゃ、変質者のしわざ
だろう」

本間警部は煙草に火をつけて、笑った。夏目陽子がわざとらしく
せきばらいをしたが気にしない。

「でしょ?キチヤは別れた後も琴美さんをとられるのが嫌で、復
縁をせまったけれど、断られたので、ぶすっと」

「ちょっと待ってください」

穣二が割って入った。

「それはおかしくないですか?」

「なにが」

「だって、あの部屋はあらそった形跡まったくなかったですよ?」

「じゃあ、再三復縁をせまっていたけれど断られたので、侵入して
寝ているところをぶすっと」

「ああ、なるほど……でも、琴美さんはキチヤに復縁を迫られてい
たんですか?」

使用人たちは顔を見合わせた。

「さあ?」

「そんな様子はなかったですけど」

穣二ははっと顔をあげた。

「妙じゃないですか?」

「なにが」

「妙ですよ。だって、そんな怪しげな男が入ってきたのに、なんの抵
抗もしないなんて」

「だから、寝ているところを」

「それなら、どうやってキチヤは部屋に入ったんですか?彼は鍵をも
っていないでしょ?」

「そうだと思います」

陽子がうなずく。

「……いや、キチヤだけの問題じゃない。来栖さん、あの部屋は妙な
ところが多すぎますよ。彼女は殺されかかっているって言うのに、何
の抵抗もしなかったんでしょうか?手には防御層がまったくなかった。
真正面から、全身の力で刺されたみたいだっていうのに」

「それは寝てたんだろ?」

「来栖さん、彼女は起きてるって電話を軽部さんがしてたじゃないです
か。起きていた筈の琴美さんはどうして何も抵抗をしなかったんですか」

軽部はさりげなく、会話に口をはさんだ。

「きっと、また眠られてしまったんですよ。お嬢様にはよく、そういう
ことがあるんですよ」

「もしそうだとしたら、犯人はこの家の人間ってことになりますね。だ
ってキチヤは鍵を持っていないんだから」

「そうでしょうね」

軽部は沈痛な表情を作った。心の中は穏やかではなかった。こんな筈で
はないのに、と思った。

「だったらなぜ寝ている間に行かなかったんだろう」

「え?」

「何言ってるんだよ、寝てるあいだだってお前が言ってるじゃないか」

来栖は鼻で笑った。

「いえ、それは偶然でしょう?カーテンが開いたからそう思ったんで
あるわけでしょ。つまり、みんな琴美さんは起きていると思ってたん
だ。殺すつもりだったなら、確実に寝ているときを狙った方がいいん
じゃないでしょうか。真夜中だったら人目にもつかないし。
どうしてわざわざ朝殺す必要が?」

誰も口をはさまなかった。部屋がしん、としていた。穣二は心臓が高
鳴っているのを感じた。うまれてはじめて正しいことを言っていると
思った。

「出五負、おまえなあ、殺人者なんてわけわからんもんだ」

本間警部が大声をはりあげると、来栖がうなずいた。

「そうそう。あんな模様かくやつだぞ?頭オカシイんだよ。それにさ
カーテンが開いてるかどうかなんて、忘れちゃったのかもよ。そした
ら寝てると思ったかもしれないし。それにほら!よく考えたらさ、カ
ーテンが開いたのを見たのが9時半ごろだっけ?」

来栖はレコーダーを聞いた。

『廊下を拭いているときにちょうどカーテンが開いたの
で。ああ、やっと起きたんだな、と思っていたんです。』

夏目陽子の声だった。

「電話が9時45分でそれよりちょこっと前でしたから9時半頃です」

陽子はレコーダーの声に続けて答えた。

「ってことはさ、死亡推定時刻は9時から11時だろ?寝ている琴美
を殺した犯人がカーテンを開けたのかもよ」

「意味が解らないんですけど。なんで犯人がそんなわけのわからない
事をするんですか。カーテンを開けているところを人に見られたらど
うするんですか」

「そりゃ、アリバイ作りだよ」

「……あのねえ、この家の使用人はみんなアリバイないんですよ?」

「いるじゃないか、一人」

来栖はにやり、と笑って軽部を見た。軽部は心なしか顔色が悪い。
本間警部がバカにしたように笑った。

「あのねえ、何回も言いましたけど、軽部さんは僕達といっしょに
車に乗ってたんだから、そんなこと」

穣二は言いながらみるみる顔色を変えて、口を手で覆った。
目がきょろきょろと動いて、部屋を見渡し、最後に来栖を見て止ま
った。瞳は不安げに揺れている。

「僕、犯人わかっちゃった」






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