来栖は当たり前みたいな顔で

「じゃあ、みなさんその時間どこにいらっしゃいましたか?
まず夏目陽子さん」

と質問を始める。

「ええっと私は…え?何ですか?」

来栖が銀色の機械を取り出したので夏目陽子は身構えた。

「ああ、これ。レコーダーですよ。仕事柄持って歩いてて。
良いでしょ?気にしないで続けて」

「ええ、私は今朝は八時ごろに起きて、朝ご飯を食べるのにだ
いたい三十分位かかったかな…それで」
「君ねえ、9時からの行動だけでいいんだけど」
「来栖さん、そんなこと言ったって無理ですよ。すみません。
続けてください」

 穣二の言葉に陽子はほっとした様子で話し始める。心なしか
穣二に向かって話している。

「ご飯を食べた後、洗い物を済ませて、台所の掃除を始めまし
た。ああ、そうです。九時ごろは応接間の掃除をしていました。
確か時計を拭いた時9時15分でしたからそれから廊下を拭い
ている時に電話がありました」

「時間は?」

「えっと、9時半くらいかな。軽部さんからでした。お嬢様は
起きているかって」

「ああ、来栖さん。それなら僕らが一緒にいたときのですね。
ほら軽部さんが、お嬢様が寝ていると話ができないからって」

「……。……そんなことあったっけ?」

「ありましたよ。軽部さん、携帯電話見せてくれます?」

 穣二は軽部から携帯電話を受け取り発信履歴を見た。赤紫色の
携帯電話の画面の中には「8月15日 09:43 山科家」
という文字がある。穣二はそれを来栖に見せた。

「ああ、本当だ。で、どんな電話だったの?」

「だから、お嬢様は起きているかって聞かれたので、はい。って
答えましたけど」

 夏目陽子はイライラした調子で答える。

「ふうん。本当に起きてたの?遺体はネグリジェ姿だったけど」

「お嬢様がお部屋でぐずぐずなさるのはいつものことです!特に
お休みの日は一日中出ていらっしゃらない時もありますし」

「出てこないのに、なんでわかるの?」

「それは、廊下を拭いているときにちょうどカーテンが開いたの
で。ああ、やっと起きたんだな、と思っていたんです。不眠がち
なこともあって、特に朝は弱いですから、できるだけ私達は放っ
ておくようにしているんです。まあ、カーテンを開けてまた眠っ
てしまうこともありますから…そりゃ起きていらっしゃったかど
うかは知りませんけど」

「ほらね、起きてなかったかもしれないじゃないか。駄目だよ。
そういういいかげんなことを言ったら。ねえ、穣二」

「え?!」

夏目陽子のむっとした顔に見られて穣二は言葉につまる。

「い、いやまあ、ねえ。そんな言い方しなくたって……。すみま
せん夏目さん。先を続けてください」

「そのあとは和室を掃除していました。トイレを掃除している時
に皆様がいらっしゃいました」

「じゃあ、琴美さんの部屋には入ってないってことだね」

「はい、一度も」

「掃除はずっと一人で?」

「そうですけど」

「じゃあ、それを証明できる人はいないわけだ」

「ちょっと!その言い方ないんじゃないですか?!それなら、こ
この使用人なら誰だって入ることはできますよ。そういえばミサ
コあんた、みかけなかったけど、ずっとどこにいたのよ」

「ひっどい、あたし買い物行くって言ったじゃないですか!そし
たら房枝さんに呼び止められて、畑の整備させられてたんだから」

ミサコはきつい顔をさらに歪めて高い声でまくしたてる。しかし
濁音がうまく発音できないのでいまいち迫力がない。

「畑の整備?」

来栖はレコーダーを春日ミサコに向ける。穣二は慌ててメモのペー
ジをめくる。

「そうです。あたし、ちょっと買い出しに行こうとしたら、房枝
さんが、『あんたはここの草取りしなさい』って言うからぁ、ずっ
と草取ってたんですぅ、ほらおかげで焼けちゃって」

そう言いながら春日ミサコは来栖に肩を押し付ける。

「それ何時?」

来栖が興味なさそうに言うので、ミサコは急に無愛想に答える。

「えぇ?9時半からずっとだってば。ホント疲れた」

「じゃあ、9時半頃秋山房枝さんと話した以外、人には会ってな
いってことだね。アリバイ不成立か」

「いっとくけど!あたしお嬢様の部屋なんか入ってないからね!
それに房枝さんだって、いつだって入れたと思うよ。何しろここ
のお局だからさ、みんなに指示を出しておけば、自分はどこにい
たって気づかれないもん。あたしなんかがもし離れに行ったら、
いつ誰に見られるか分ったもんじゃないけど房枝さんならそうい
う心配ないし」

「まるで、コソコソ離れに行ったことがあるみたいな言い草ね」

夏目陽子に言われてミサコはばっかじゃないの?とはき捨てた。

「わたくしは、あちこち動き回っておりましたから何時にどこに
いたかなどはっきりしません」

秋山房枝は弱々しく言った。顔色が青ざめている。

「あのね、もうちょっとはっきり喋ってくれない?」

「あ、はい、すみません」

「ちょっと来栖さん!」

来栖の言い草に、穣二は声を荒げた。

「何よ」

「さっきからあなた、デリカシーがないっていうか、もうちょっ
と考えて物を言ったらどうですか。たったいまずっと仕えてた
お嬢様を失った秋山さんの気持にもなってくださいよ」

「ええ?なになに?僕、デリカシーなかった?そうかなあ?そう
かなあ?」

秋山房枝にといかける。

「いえ、大丈夫でございます。わたくしはなんといっても20年
仕えただけでございますから。参っていらっしゃるのはなんと言
っても軽部さんでしょうから。あのかたはお嬢様が生まれた頃か
らお仕えして、奥様がご病気の折は、おしめやミルクまでお世話
なさっていたそうですから」

そう言って秋山房枝は軽部を見て涙をこぼした。

「それなのにわたくしの方が、弱ってしまって……」

「秋山房枝、アリバイなし」

と来栖が吹き込んだのを聞いて、夏目陽子は眉間に皺を寄せた。

「まあ、なんにしても軽部さんは絶対違うわね」

夏目陽子は言った。

「なぜ?」

「だって、7時半ごろあんたを迎えに家を出て、それで11時半
ごろ帰ってきたんだから」

「車も行った時と同じですか?」

「あたりまえじゃない!」

「それに来栖さん9時に待ち合わせましたのに、なかなかいらっ
しゃらなくて、車に乗られたのが9時20分ごろでしたから、
私は9時から11時までほとんどずっとあなたとおりましたよ」

軽部が言った。

「あ、そうか。つまり、アリバイがあるのは軽部さんだけ、と」

そういうと来栖は全員を見回した。
全員、じっと黙っている。怒りや苛立ちを隠せない目でお互い
に、様子をうかがっている。

「ああ!」

すっとんきょうな声で来栖が叫んだ。

「カメラ!写真取らなきゃ」

言いながら慌てて立ち上がり、部屋を出ていった。写真ってなん
だろうと思いながら、穣二は妙な記者がいなくなったことにほっ
として汗をぬぐった。その時隣にいた軽部が

「わたしは、キチヤがやったんだと思いますよ」

と言って額に手をやったのが、満面の笑みを隠すためであるよう
に見えてぞっとした。気のせいだ、と思い直すと今度はあの、青
い死体が目の前によみがえって、隣にいる老人の微笑と重なって
よけい薄気味悪く、右から得体の知れないものに圧迫されている
ような気がした。腕を組みなおした時、はたと気づき、出五負穣
二は、みなさん、ここを動かないでと言い置いて部屋を出た。廊
下を走りながら

「写真って、死体の写真かよ!あの変態記者」

と唇を噛んで言った。





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