「来栖さん!」

穣二が離れのドアを開けていきおいよく部屋に入ると、来栖は
遺体にカメラを向けていた。

「ちょっと、駄目ですよ!」

「なーに、固いこと言うな。大丈夫、大丈夫」

「何が大丈夫なんですか!!このジャーナリスト気取りの変態!」

「おいおい、君、口が悪いな。これはれっきとした捜査だ」

穣二は遺体を見下ろして、溜息をついた。気味がわるい。つい、そ
う思ってしまう。

「来栖さん」

「ん?」

「あなた、怖くないんですか?」

「何が」

「こんな、その」

自分が恥ずかしくなって、口を閉じた。

「遺体の側にいて?」

「……笑ってくださいよ。刑事だっていうのに、僕、死体が怖くて
怖くて、それだけじゃない。犯人も、犯人かもしれない人も、誰も
彼も怖いんだ。それで、……僕なんか刑事じゃないんですよ。ブラ
ック対応係って知ってます?」

「ああ…噂では聞いたことあるな。確か警察の情報提供者のブラッ
クリストがあって、その対応する係だって。本当にあるのか?」

「そう。あるんですよ。虚偽で無意味な情報を流し続ける人物の電
話対応を毎日毎日、する係。
みんな優秀なんですよ。力があって、勇敢で、頭も切れる。そんな
人とおんなじ仕事、できないやつがする仕事なんです。
あ、別にそれが不満ってことじゃないんですよ。そういう役を、仕
事ができない人間にやらせないと、みんなの労働時間が削られちゃ
いますからね。
ただ、……来栖さん、ただの記者なのに、平気そうだから、情けな
くって」

「ふうん」

来栖は穣二の話をそっちのけにして窓の方に歩いていく。カーテン
を開けたり、閉めたりしている。開いていたカーテンのフックに糸
が結びつけてあるのを見て眉間に皺を寄せた。

「まあ、良いんですけどね。今日だって、来栖さんみんなにアリバ
イ聞いてましたけど、警察がきたら、またおんなじこと聞くんだか
ら、意味ないんですよ」

来栖はその糸を写真に納める。部屋を見渡す。ベッドの左にナイト
テーブル。その手前に脱ぎそろえられたスリッパ。壁の左には上下
とも螺子で止めた取っ手がついた扉がある。開けてみると、服が掛
っていたクローゼットのようだ。ベッドルームとリビングをしきる
ようにカーテンがある。来栖は写真をとり終え、リビングに出よう
として、机に足を二度ぶつけた。
 カーテンのすぐ前に二人がけソファと、横長のテーブルが陣取っ
ているので、出入りが困難なのだ。そして、テーブルの手前いっぱ
いに、カーペットが敷かれ、遺体が寝そべっている。

「アリバイっていえば、軽部さんは完璧ですよね。何しろずっと僕
らといっしょにいたんだから。あれでまた、自信なくしちゃったな。
実はね、僕、あの中では、軽部さんのことが一番恐ろしいんですよ。
遺体を見つけたときからなんだか、あの人、気味が悪くて。だから
犯人じゃないかな、って思ってたんですけど、またハズレですよ。
多分、ああいう優しくてまじめそうな人には自分の弱さがバレそう
で怖いんですね」

来栖は、渡り廊下とは反対の、外に通ずるドアを開けて出て行った。

「ちょ、ちょっと来栖さん、どこに行くんですか。ねえ、僕の話聞
いてました?」

「全然!」

「……っとに、あの人は!」

来栖はツツジの生えた庭を抜けて、ガレージへ消え、またすぐに戻
って来た。

「ふうん」

今度は渡りから廊下へ出て奥へ進み、裏口から外へ出る。穣二は小
走りについていく。その裏口のすぐ目の前がガレージだった。

「ああ、これ僕らが乗ってた車ですね」

穣二は白いセダンを指していった。
来栖を見ると、顔を歪めてうつむいている。穣二は妙に落ち着いた
気持になる。この人は、ただものではないのではないか?そんな気
持がよぎる。

「軽部が一番恐ろしい、か」

来栖は車に手をついて呟いた。


玄関が騒がしくなる。軽部がやってきて警察の方がいらっしゃいま
した、と言った。
軽部は微笑み、こんなところで何を?と尋ねたが来栖は迷った、と
言うので、軽部はあきれた顔をして歩き出した。






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