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 卒業論文の提出期限が迫っていた。
レコードの第二版の話はあったが、私は辞退するつもりだった。卒業も迫っているし、大学に残るつもりもなかったからだ。義父の脛に噛り付いているのはもう真っ平だった。その頃から既に、どこかの研究所でひっそりと死んで行くつもりだったのだ。我ながらなんて平和主義なんだと思う。今でも本気では無いが、もしもうちょっと我慢強くなかったり、もうちょっと思考が短絡的だったりしたら、昨今の新聞に大見出しで「実の父を殺害!」とか出ているように、私は義父を滅多刺しにしていたかもしれない。しかし、法的にはまだ私の長子権は失われていなかった。
父はおざなり程度の婚約者を私に宛がった。中途半端な茶色の髪をした普通の女で、結婚には若い娘らしい希望を持っていた。私などには到底似つかわしくない女だった。彼女はもっと優しくて思いやりと人間味に溢れる男と結婚するべきだと思った。最終的には、それは叶わなかったのだが・・・・・・とにかく彼女にはそれほど興味がわかなかった。確かマリーとか言う名前だったと思う。マリエッタだったかもしれないし、ひょっとするとマデリーンだったのかも知れない。いわゆる「お見合い」と言う奴で、とりあえず型どおりに食事をし、書類にサインをさせられ(断れる状況ではなかったのだ)、それ以後一度もあわなかった・・・・・・少なくとも予定を立てては。
 この頃、非常に切り出しにくかったが、私は四重奏団を退団する事を明らかにしなければならなかった。卒業して、もっと別のところでヴィオラを続けることは可能だったし・・・・・・それに、それ以上レイチェルたちを見ている気が起こらなかったからだ。私の黄金の忍耐力も限界のところまで来ていて、そろそろ日常生活に支障も出ようというところだった。
 それを告白したとき、レイチェルもジョージも私を止めようとした。しかし私は決心を変えなかった。後悔の念は大嵐のように私を追いかけてきたが、それでもまだレイチェルとジョージの姿を見るのに耐えられるだろうとは髪の毛一筋分も思わなかった。
残念無念といった空気が漂う中、レイチェルはふと小さく笑みを浮かべた。
「私たち、卒業したら結婚するの・・・・・・」
私は生唾を飲んだ。不気味な沈黙が降りた。
何か言わなければ。咄嗟にそう思った、私の自尊心を保つために!
「・・・・・・おめでとう!結婚式には呼んでくれよ」
もしかしたら声が上ずっていたかもしれない。私は苦し紛れの笑いを浮かべて背を向けた。苦痛でゆがめられた顔をさらしたくなかったからだ。そして早足でその場を去った。それ以上レイチェルとジョージを見なくてもすむように。
私は物陰に入ると、涙の出ない苦しい嗚咽を漏らした。そうなるはずであったただの事実を無理矢理認めさせられることがあれほど哀しいことだったと知ったのは生まれて初めてで、自分が心底レイチェルを愛していたということも改めて思い知った。
誰かが来た。私は顔を上げた。スフィアが立っていた。
スフィアは私をじっと見ていた。私は気まずくなったが、スフィアは構わず私の片腕をとり、いきなり袖を捲った。今まで一度もいったことは無いだろうが、私の長袖のタートルネックのシャツに長ズボンで隠れる全ての体の部位には、義父から受けたあらゆる種類の暴行の痕が残っている。誰が見ても生唾を飲むだろうというほどのものだ。自分で見ていても時々やりきれなくなる。水泳なんて生まれてこの方やったことがない。その無数の傷を大勢の人のいる前で露見するようなことがあったならば、私はたちまち「家なき子」になってしまっただろう。義父は何時だって私を放り出す準備はできていたし、面子が立たなくなると知ったらいち早くあの男は私を路頭に迷わせただろう。
「酷い傷」
彼女は無感動に呟いた。彼女の顔はいつもどおり、大理石のように白かった。
私はやっと何を見られたのか気がついて、乱暴にスフィアの手を振り払った。
やっと私の足は泥沼のどん底についたのだ。腐りきった友情と言う名の鎖を自分で引き千切って放り捨て、一番見られたくない相手に一番見られたくないものを見られた。もうそれ以上沈み込むことは無かった。
 家に帰ると義父が早くに帰ってきていた。私は無意識に彼の前にじっと立って見つめていた。何を?義父をだ。義父も睨み返して来た。
「何を見ているんだ」
「・・・・・・・・・・・・」
「―――やめろ!!!」義父が突然叫んだ。
暴力の内容については今更いうほど変わったものは無い。
しかし、義父がずっと呟いていたことは特記する必要がある。
「お前はもう死んだんだ、ドナチアン・・・・・・弱いお前はもう死んだ。そんな目で見るな!お前にはもう何もできないんだ!」
ドナチアンというのは義父の名前である。彼は幼き頃の、本来愛されるべき愚かな彼自身を虐げているようだった。彼は完璧主義だったのだろう。きっと沢山の過ちを犯した若い自分が許せなかったに違いない。全く嫌なことだが、最近私は義父と性根が似てきたとひしひしと感じているので、彼の辛さは身に染みて分かる。
 その日はシャワーを浴びずに明け方近くまで考え込んだ。
幼い頃から義父には酷い目に遭わされてきたが、私を憎んでいるのではないと気がつくと恨みが半減した。なぜかと言うと、私は愚かだったからだ。私がそれからも暴力を受け続けることは知っていたのに、それ以上義父を恨まないでおこうと思うなんて、今から思っても狂っていたとしか思えない。若気の至り、だったのだろうか?
義父はずっと幸せだった頃の愚かな自分の影に追いかけられていたに違いない。まるきり今の私にそっくりではないか。影から逃げることは決してできないのに、それこそまるで子供のやるように、自分の影から逃げようとする。
私は義父を映し出す「鏡」になっていたから虐げられたのだ。決して憎まれていたからではなかったし、苦しむ人は皆何かを虐げていなければ生きていけないのかもしれない。
 私は義父を赦してやろうと思った。そうすることがきっと私の天から授けられた試練なのだと、反吐が出るほど馬鹿馬鹿しいことを思った。

























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