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 その日は全校生徒が望んだとおり、全く腹が立つほど透き通った青空だった。雲の一かけもないものだから、シエルは眩しくて登校するときに顔を上げられなかった。日の光に弱いのは、いつも部屋の中にいるからだろうか、それとも属性が日陰だからだろうか?
シエルたちの劇「ルクレツィア・ボルジア」は午前10時からの公演だ。シエルは時間に余裕を持って学校に出頭したつもりだったが、楽屋にはもうほとんどのクラスメイトが待機していて、シエルを妖艶な貴婦人に仕立て上げようとうずうずしていた。その中には勿論、あのパソコンオタクの友人ル・ケラックもいた。
「さ、シエル、座って座って!君の髪の毛をどうにかして鬘の中に押し込まなくちゃいけないし、じっとしていてくれないと化粧ができないんだ」
「けけけけけ化粧?化粧っていつもうちの母親がべたべた塗ったくってる奴?」
「君の母上がどういう顔なのかは知らないけど、多分それだよ」
「いやだああぁぁぁ」
「こればかりはにげられないよシエル。スポットライトの下だと、大抵の人は顔のパーツが光で飛んで見えなくなっちゃうんだ」
「と、飛ぶ?!っていうか、男なのにそういう女々しい道具持って人に襲い掛かろうとするのやめようよ!」
「良いじゃないかよ、お前幸せだぞ?もし俺が女だったら、女の顔を見つめながら神妙な顔して塗られなくちゃいけないんだぜ」
「そうそう、ぼく達に任しておくれよ」クラクスーはブロンドの見事な鬘をいとおしげに手で梳きながらいった。
「僕も君の化粧をしてくれる彼も将来は髪と顔を飾り立てる職業につきたいんだ、だから君も友達として実験台、じゃない、前評判を駆り立てるモデルとして立ってくれたっていいだろ?」
「良くない!全然良くない!」
「ま、諦めるんだな」既に中世のイタリア人にすっかり成変わらされたヴィクトールが溜息混じりにいった。「そいつら、お前を縄で縛り付けてでもやるから」
「でも・・・・・・」
「男に二言は無いぞアシュリエール!さぁ、大人しくその頭を上げるのだ!」
クラクスーは嬉々としてシエルのブロンドに櫛を突き刺した。
 「信じられない・・・・・・」シエルは鏡の中の自分を見て絶句した。
「お、女だ・・・・・・僕じゃない、これは僕じゃなーい・・・・・」
「あぁ、想像したとおりの美人だ」クラクスーは満足そうに言って櫛を下ろした。
「ほ、惚れ直す・・・・・・v」そう言うヴィクトールはしっかりシエルに弁慶の泣き所を蹴られている。
さて、読者諸君にはこの哀れな主人公の神々しい姿を想像できるだろうか?シエルはいまやけぶるような長い蜂蜜色の髪に、整った顔には白粉を刷いて、眉を書き、唇に紅を差し、頬を赤らめて立っているのである。
思春期の青少年にやらせるには少々酷な格好ではなかろうか。
「もうヤダ・・・・・・死にたい・・・・・・」
「はいはい、いじけないで台本でも読んでなさい」クラクスーは笑って別の登場人物をいじり始めた。全く男子校とは思えないほどむさ苦しい。男子校って、女装すればするほど男臭くなるんだなぁと、シエルは改めて実感した。
台本はもう一通り覚えたはずだった。緊張で頭が真っ白にならない限りは台詞が分からなくなることは無いだろう。台本は書き込みが多すぎてもう解読できないし、まだまだ開幕までには充分時間があるのだから、もっと別の物を見ようと思い立って、シエルは通学鞄の中をあさりまわした。
「あった」
シエルが手に取ったのは例の広告の束だった。この前はうっかり途中で眠ってしまって(何しろ字が読みづらいのだ)、たったの13日分しか読めなかったので、今さっさと読んでしまおうと思ったのだ。
「何だそれ?」ヴィクトールが興味深げににじり寄ってきた。
「教えてあげない」シエルはそう言ってヴィクトールから一番離れた椅子に腰掛け、また日記に鼻を突っ込んだ。

 十月三日 月曜日
 きょうはかあさんもとうさんもいえにいないので、ゆっくりとにっきがかける。シェラスティはぐっすりとねむっている。ほんとによくねる子だ。
シェラスティのかみのけはまっくろだ。かあさんゆずりで、ちょっとだけウェーブがかかっていてかわいらしい。めはおっきくて、いまはみえないけど、まっさおだ。ほんとにあおいんだ。いままでいちどもみたことはないけれど、きっと海はあんないろをしているんだろう。かあさんといろは同じでも、かあさんのめはにごっていてきらいだ。シェラスティのめはほんとにすんでいる。だからぼくはシェラスティがだいすきなんだ。
でもぼくはぜんぜんかあさんには似てない。ぼくはきんぱつだ。とうさんのと同じいろをしていて、あんまりきれいじゃない。とうさんよりやせこけてるし、めなんてきたならしいドブ色だ。でもぼくはそれでもいい。だってシェラスティがもしぼくと同じかみやめだったら、女の子のシェラスティはかわいそうすぎる。だからぼくはこれでいい。シェラスティがぼくのところを離れるわけがないだろ?・・・・・・

日記はそこで破れていた。何しろ古いものなのでそれも仕方がないのだろうが、シエルはほんの少し残念な気もした。

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