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 週番の仕事は面倒臭い。教室の中にいない連中やいてもちょろちょろと動いて居場所の知れない連中の出欠を取るのは大変だし、黒板を消すのはチョークの粉まみれになる大仕事だ。日誌はきちんと書かないと再提出を迫られるし、もっと面倒臭いのは担当教師への報告だ。教室が7階にある6年生は、わざわざ1階の職員室まで報告のために出向かなければならない。こんな重労働だから週番は二人一組にされるわけだが、シエルとしては一人のほうがよっぽど良かった――――週番を一緒にするということは、それだけヴィクトールと長い時間を共有しなくてはならないということだからだ。シエルはそういうことはなるべく避けたかったし、担任ともなるべく関わり合いになりたくなかった。
ヴィクトールはシエルにストーカーの様について回るが、その努力が報われたことはいまだかつて一度も無い。これほどまでにシエルのお気に召さない人間と言うのも珍しい。普段のシエルは人当たりが良くて、比較的誰とも友達になれて、それでいてあまり深入りしないタイプの少年だ。だからヴィクトールに対してだっていつもどおり当たり障りの無い接し方で「知人」になれたはずなのだが、どうもヴィクトールだけは気に障ってならないのだった。
「お前、字綺麗だな・・・・・・女みたいだ」
「何変なところで感心してるんだよ」
ヴィクトールがせっせとシエルのフランス語のノートを写し取っている間に、シエルはその向かいでせっせと出席簿を捏造していく。絶対休まない奴のところにはマルを、絶対休む奴のところにはバツをつけていく。毎日遅刻してきて既に担任のブラックリストに載っている奴は三角だ。教室は静かで、ヴィクトールとシエルのほかには誰もおらず、机の上に無造作に放置された荷物がちらほらと見えるだけだった。
「今度の文化祭、うちのクラスは何やるんだろうな」
「興味ない。巻き込まないでくれればそれでいい」
「淡白な奴だな!このむさ苦しい学校でも指折りの華のある行事じゃないか!」
「・・・・・・女の子に飢えてるんだね・・・・・・」
「な?!?!」
それまで話しながらもしっかりと宿題を写していたヴィクトールが思わずシャーペンの芯を折る。図星だったらしい、彼は顔を真っ赤にしてシエルを凝視した。
「おおおおおおお前、な何言うんだよ」
「言われてみればもうすぐ文化祭の季節だね」
シエルは空欄の残る出席簿をぱたりと閉じて遠くを見た。
「何時だっけ、企画委員が何をするか言いに来るの?」
「忘れたのか?今日のホームルームだよ」
「・・・・・・え」
シエルが慌てて時間割を見ると、確かに4時間目の「数学」のあとには「HR」と言う文字があった。
「げ。・・・・・・数学の宿題終わってない」
「写す?」
「親父さんに教えてもらった?」
「いーや。俺のプライドが許さない。自力だよ」
「見る」シエルはヴィクトールに手を差し出した。
「珍しいじゃないか。シエルがそんなに素直なのって」
「素直?何処が?」辛辣にきくシエル。「それと、その名前で呼ばないでよ」
「だから他にどうやって呼ぶんだって」
「ヴァラファール」
「長いからやだ。シエル」
ヴィクトールは子供のように駄々をこねる。シエルがヴィクトールの手から数学のノートを取ろうとすると、ヴィクトールはニコニコ笑いながらノートを手放そうとしなかった。がっちりと掴んでいるのだ。
「貸せよ」
「シエルって呼んでもいい?」
「二度とフランス語のノート貸してやらないぞ!」
「シエルって呼んでもいい?」
「離せ!」
「シエルって呼んでもいい?」
「もういいよ!だから貸してくれ!」
ヴィクトールはパッと手を離して、歓喜の声をあげながら万歳のポーズをした。シエルは自分の言ってしまったことに愕然として頭を抱えた。
何が何でも拒否し続けようと思っていたのに!
あの頑固なシエルは、自分の信念をとうとう曲げてしまったのである。子供っぽい意地だったことは否めないが、ヴィクトール相手だったからどうしても遣り通したかったのだ。
「ラシード。・・・・・・このノート読めない」
「根性で読め。それと、ヴィクトールだって」
「字が汚すぎ」
「普通だよ。何ならビッキーでもいいぜ」
「やめてくれ。気色悪い」
シエルは信念を曲げてまで得たものがこの見難すぎるノーとか、と落胆した。
ヴィクトールは気色悪いといわれて落胆した。

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